沿革

田辺新之助

創立者

田辺新之助(1862-1944)

山田忠蔵、大沼枕山、高橋是清から漢学、英語を学ぶ。東京開成中学校の校長就任時に、逗子開成と鎌倉女学校を創立。 1934年退職まで、本学院の教育に、校長として心血をそそぐ。松坡の号をもち、漢詩人としても著名。 長男田辺元は哲学者として知られる。

田辺新之助

初代理事長

陸奥広吉(1869-1942)

外務大臣陸奥宗光の長男。英国留学後、外交官となり日清戦争講和条約締結の際には、父宗光を補佐し翻訳官として活躍。 開成時代の恩師田辺新之助の要請をうけて、1913年より26年間初代理事長をつとめる。

第1期鎌倉女学校時代

  • 1904年(明治37年)
    私立鎌倉女学校創立。初代校長田辺新之助、校主・教頭星野慎之輔(天知)。
  • 1905年(明治38年)
    星野校主を辞退。田辺新之助の単独経営となる。
  • 1910年(明治43年)
    逗子開成中学校生徒ボート遭難追悼大法会に生徒参列し、教諭三角錫子作詞「七里ヶ浜の哀歌」を歌い追悼。
  • 1912年(明治45年)
    陸奥広吉が理事長に就任。

第2期鎌倉高等女学校時代

  • 1913年(大正2年)
    高等女学校として認可。私立鎌倉高等女学校と改称。
  • 1915年(大正4年)
    古河潤吉の遺贈金からなる雨潤会基金からの借入金をもって校地拡張。
  • 1919年(大正8年)
    鎌倉高等女学校と改称。
  • 1922年(大正11年)
    大佛次郎就職。和服の校服制定。
  • 1926年(大正15年)
    財団法人の設立認可
  • 1934年(昭和9年)
    生徒校服をセーラー服とする。
  • 1947年(昭和22年)
    国文学者佐成謙太郎が理事長に就任。

第3期鎌倉女学院時代

  • 1948年(昭和23年)
    学制改革にともない、財団法人鎌倉女学院と改称、高等学校及び中学校を設立認可。
  • 1951年(昭和26年)
    学校法人鎌倉女学院設立認可。
  • 1954年(昭和29年)
    創立50周年、新校章、新校歌制定。
  • 1960年(昭和35年)
    旧校舎全面落成。
  • 1969年(昭和44年)
    天城山荘開設。
  • 1977年(昭和52年)
    日米高校交流プログラム開始。
  • 1993年(平成5年)
    カナダ英語研修開始。
  • 2001年(平成13年)
    「鎌倉学」「国際・環境学」プログラム開始。
  • 2002年(平成14年)
    新校舎(現本館)建築着工。
  • 2004年(平成16年)
    創立100周年。
  • 2005年(平成17年)
    新校舎落成。
  • 2007年(平成19年)
    天城山荘新築。
  • 2015年(平成27年)
    新館落成。
明治37年 創立当時の職員・生徒

明治37年 創立当時の職員・生徒
30余名の生徒が入学。

大正11年 校服姿の生徒

大正11年 校服姿の生徒
この年、和服の校服を制定。

平成2年 旧校舎正門

平成2年 旧校舎正門
旧3号館が完成、正門周辺を改築。

平成17年 新校舎(現本館)竣工

平成17年 新校舎(現本館)竣工
全面的な建て替え工事が完了、現在の姿
となる。

平成27年 新館落成。

平成27年 新館落成。

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